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川柳つれづれblog

*毎日の川柳作品の他、大好きなフィギュアスケートやミステリ、本、映画、その他日々の出来事をつれづれなるままに……。

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震災とスケーター

 平成七年一月十七日午前五時四十六分。私の住む街・神戸を巨大地震が襲った。
 阪神淡路大震災。あの日たまたま早朝に目覚めていたおかげで、私は本棚の直撃を免れた。倒れた本棚は私の枕に深く沈み込んでいた。もし寝ていたら、おそらくただの怪我では済まなかっただろう。
 外に出ると、町の姿は一変していた。寒風の中あちこちに上がる真っ赤な炎。不快な臭いとともに巻き上がる黒煙。焦げたようなどす黒い曇り空の下に鳴りひびくサイレン。避難した体育館で毛布にくるまると、あちこちから聞こえるすすり泣きの声……。今でもあの日を思い出すと、胸がかきむしられるような思いがする。十九年経った今でも、私は真っ暗な中では眠れない。

 あれから十九年。神戸は見事に復興を果たした。そしてあの日まだ生まれたばかりだった少年が、五輪の金メダリストになった。

 

 羽生結弦選手。ソチ五輪フィギュアスケート男子チャンピオン。「今日の僕は世界一幸せです」まだ十九歳の彼は、ちょっと恥ずかしそうに、そして嬉しそうにメダルを掲げた。栄光に輝いても「納得のいく演技ではなかった。これからが本当の勝負です。早く練習してもっとうまくなりたい」と謙虚に語る聡明な瞳。まだあどけなさの残る顔が、震災のことを聞かれた時、急に引き締まった。
「僕はとても無力です。ここまで来られたのは、仙台の先輩たちやみなさんの支えがあったからです。これから金メダリストとして、被災者のみなさんのためにできることがあるのではないかと思います」

 

 三年前の三月十一日午後二時四十六分。神戸の数百倍の巨大地震が東日本を襲った。
 その時羽生選手は、仙台のリンクで練習中だった。スケート靴を履いたまま、無我夢中でリンクを飛び出したという。実家も被害を受け、ライフラインも途絶え、避難所で余震に怯えながら過ごした日々。一度はスケートを諦めようとさえ思った少年は、しかしリンクに戻ってきた。
 震災の翌月、関西のスケーターたちの呼びかけによって神戸で開かれた「東日本大震災チャリティ演技会」。ここで羽生選手は演技を披露し喝采を浴びた。
 あの日彼は、東日本の被災者の思いを背負うことを心に決めたのだ。たった十六歳で。

 

 仙台のリンクは復旧に半年近くかかった。その間、彼はショーで全国を転々として、ショーでプログラムを披露し、試合の練習がわりにしていた。誰よりも早く練習に来て、一緒に出演するスケーターからアドバイスを受け、ジャンプのコツなどを貪欲に学ぶ。そうやって逆境をチャンスに変えたのだ。

 そうして彼は怒涛の快進撃を続ける。世界選手権銅メダル、グランプリファイナル優勝、全日本選手権二連覇、そしてソチ五輪金メダル。
 もちろん彼の才能は素晴らしいものだし、いずれ世界のトップに躍り出るということは、ファンや関係者の間では自明のことだった。だが、こんなにも早く世界の頂点に立つ日が来るとは思わなかった。少なくとも、あの震災の経験が彼の成長を促したことは間違いないだろう。


 「東日本大震災チャリティ演技会」は、毎年神戸で開催されている。出演するスケーターもスタッフもみなボランティア。会場では出場選手のウェアやグッズのオークションが開かれる。演技会終了後には選手たちが長時間にわたり観客に募金を呼びかける。チケット代やオークションの収益、募金はすべて東日本大震災への募金に当てられる。当日来られないが募金したいと望むファンのために振込口座も開く。
 少しでも被災者の力になりたい。スケートを通じて、被災者のこころを明るくしたい。
 羽生選手は日程の調整がつかないためか、ここ二年は出演していないが、思いは他のスケーターたちと同じだろう。
 私も毎年、この演技会に足を運んでいる。かつて被災者だった、かつての被災地・神戸に住む、フィギュアスケートのファンとして。


 十九年前の震災直後は、私も何かを楽しむという余裕がなかった。仕事を探し、瓦礫だらけの街を歩き、生活するのに精いっぱい。それでも街が甦るうちに、少しずつ心にゆとりが生まれた。誰にもいずれ死は訪れる。だったらせいぜい楽しまなくちゃ。徐々にそんなふうに思うようになった。そして病気をきっかけに教師を辞めた時、これからは好きなことを好きなようにやろう、と決めた。
 そうしてトリノ五輪シーズンから、大好きだったフィギュアスケートを見に行くようになった。


 ソチ五輪唯一の、日本男子初のフィギュアスケートの金メダリスト、羽生結弦選手。聡明で美しい容姿、情熱ほとばしる演技。メディアは彼を連日追い回し、次々と番組や雑誌の特集が組まれる。震災からの復活劇は、ことさらにドラマティックに語られる。まだ十九歳の少年を、これからどれほどの重圧が襲うのかと心配になる。
 羽生選手も、自分のために精いっぱい楽しんで欲しい。
 誰のためでもない、彼自身のために。この世にある幸せを、たっぷりと味わってほしい。
 ただ彼が輝いている姿を見ることで、幸せになる人が、この世にはたくさんいるのだから。

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プロフィール
HN:
美輪@brownycat
性別:
女性
自己紹介:
1995年阪神淡路大震災に遭う。同年、時実新子に出合い川柳をはじめる。
「川柳大学」元会員、旧公式HP管理人。
ゆうゆう夢工房」会員。
雑誌「現代川柳」編集長。
KCC(神戸新聞文化センター)川柳教室講師、朝日カルチャー芦屋教室川柳講師。
2006年8月より神戸新聞川柳壇選者。
2007年秋よりコープこうべ通信講座川柳教室講師。
2009年4月より甲南カルチャーセンター川柳教室講師。

*神戸新聞2008/1/1~7掲載「源氏物語千年紀 川柳作家とゆく須磨・明石」はこちら

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